商品詳細
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鰻の食用の歴史は非常に古く、縄文時代の遺跡からの出土例が知られています。
また鰻の豊富な栄養については奈良時代の頃から知られていたようです。
鰻が一般の人に食べられるようになったのは、江戸元禄以降の事でこの時代には、鰻、どじょう、鮨、天ぷらなど多くの料理の基礎が確立されましたが、その中で、最も人気の高い料理が鰻だったようです。
食文化が花開いた江戸時代には多くの鰻調理・鰻料理書が書かれ、庶民の鰻への関心の高さをうかがわせます。
しかし、江戸時代の終わり頃、かば焼きのたれにみりんが使われ始めるとともに、鰻食の嗜好は大きく変化します。
たれにみりんの甘さを加える事で、かば焼きの味、香り、照りが格段によくなり、現在の風味に一歩近づいたわけです。
味付けを確立しつつ、かば焼きは鰻調理の代名詞となっていたのです。
土用の丑の日に鰻を食べる習慣は、今から二百数十年前、荻生徂徠(おぎゅうそらい)が蜀山人(しょくざんにん)に伝え、山人が広めたものといわれています。
体力を消耗しやすいこの時期に消化のよい高タンパク質食品の鰻を蒲焼きにし、山椒の粉(サンショウも漢方では健胃消化薬)をふりかけて食べると元気の発散を防いでくれます。
また夏やせにウナギ食(め)せ、とは万葉集の大友家持の歌にもあります。
(石麻呂にわれもの申す夏痩せによしというもの鰻漁り食せ(とりめせ))。
関西地方では、鰻の事をマムシとも呼びます。
山椒の粉をふりかけて食べる鰻の蒲焼きは、まさに夏一番の味、強精食の一つでしょう。
関西風では、鰻を蒸しません。
太い鰻ではくどくて食べられないので、細めの鰻を調理します。
一方、関東風では、鰻を蒸すので、脂や臭みがとれます。
ですから、関西風に比べ幾分か太めの鰻を調理します。
また、関西風と関東風では、包丁の入れ方も違います。
まな板にのせた鰻を関東では背中から裂き、関西ではお腹から裂きます。
一説によると江戸時代、江戸は武士の街、大阪は商人の街といわれ、武士は「腹を切る」という事を忌み嫌いました。
縁起が悪いという事で、関東では背中から開いたというわけです。
関東風の蒲焼きは蒸し上げる事でふっくらやわらかい舌触りに仕上がります。
基本的に浜松では関東風の調理法です。
ただ若干蒸し加減をあまくするので、鰻の脂も残ります。
脂があるとタレが付きにくいので、濃い目のタレを使います。
本来、鰻が一番おいしいのは秋口です。
冬眠に入る前に栄養をたっぷりと蓄えているからです。
逆に冬眠から覚める2月から3月は、栄養を使い切った時期なので痩せた鰻になります。
この状態を専門用語で「ガラ」と呼ぶそうです。
ただ現在は養殖の技術が進歩し、温度管理によって鰻を常に活発な状態にしておくので、四季を通じて美味しい鰻が食べられるようになりました。
天然の鰻は本来の「冬眠」をするので、季節によって味が違ってくるのです。
◆ 御注文に際して ◆ 名 称 ≫ 鰻 炭火焼 商品内容 ≫ 1箱(3尾入り)1尾あたり 約160g 原材料名 ≫ 鰻の蒲焼き鰻、しょう油、みりん 鰻のたれたれ[醤油、砂糖、水飴、米発酵調味料、蛋白加水分解物、魚介エキス、カラメル色素、調味料(アミノ酸等)、増粘剤(キサンタン)、甘味料(ソルビトール)、(原材料の一部に小麦、さば、大豆を含む)] 配送形態 ≫ 冷凍便 保存方法≫ 直射日光を避け、湿気が少なく涼しい場所で保存してください。